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トレニアの花粉管  [草花(夏)]

昨年10月、トレニアの不思議(2)に名古屋大学の東山哲也教授をご紹介しました。
公開直後、やはり東山教授にもお知らせすべきかなとおそるおそるご報告しましたところ、思いがけなくご丁寧な返信メールをいただき感激しました。

その際、「気温が25度ぐらいありましたら、受粉後12時間ほどたちますと、花粉管が到達して受精が起こります。胚嚢(はいのう)に花粉管が突き刺さった状態で観察できます。」とお教えいただきました。
しかしその時は花粉管を確認できず、私の道具立てでは無理かとあきらめてしまいました。

最近、オクラの記事のために撮った花粉の写真にきれいに花粉管が現れ、花粉管は苛性カリをかけても壊れないことを知りました。
私の庭には今なおトレニアが数えきれないほど咲いています。
やはり、宿願のトレニアの花粉管をもう一度試すことにしました。

トレニアの花。
真ん中の白い唇のようなものが雌しべの柱頭。ここに花粉が付きます。
上下のアーチ状のものが雄しべです。

トレニア花1wb.jpg

花弁はそうっと引っ張ればスポッと抜けます。
花弁の前半分を切り取ると、2組の雄しべが癒着していました。
萼も半分切り取ると、雌しべが現れました。柱頭から子房まで約2cmです。
この柱頭についた花粉が卵細胞まで達するまでを追ってみます。

トレニア花解剖Lwb.jpg

まず雄しべを取り出しました。
上下2対づつ、8個の葯から白い花粉がこぼれています。
これをスライドグラスにスタンプしました(右)。
花粉スタンプwb.jpg

そのまま顕微鏡で見ると、花粉はコーヒー豆そっくりです。
花粉1wb.jpg

ここに15%苛性カリ(消毒用アルコールも可)をかけると花粉は球形になります。
この花粉の中には、精細胞のもととなる雄原細胞と、花粉管をつくる細胞の花粉管核が入っているそうです。
花粉KOHwb.jpg

次はいよいよ花粉管の観察です。
左は咲いたばかりの花、右は萎れかけた花。
花粉管の観察のためには少し萎れかけた花が適します。
トレニア2花wb.jpg

雌しべを取り出し、子房の部位に15%苛性カリを1滴落とします。
カバーグラスを載せ、ぺったんこになるまでゆっくり押すと、葉緑素が溶け出し黄緑色になります。
上は取り出したばかりの雌しべ。
子房KOH2wb.jpg

子房上部。たくさんの花粉管が花柱を通り抜けて伸びて来ています。
花粉管は花柱を通る間に、胚嚢まで達するための能力を与えられるそうです。

花粉管子房wb.jpg

縦横に伸びた花粉管。
花粉管子房1wb.jpg

花粉管の拡大像。
雄原細胞は分裂して2個の精細胞になります。
花粉管5-2wb.jpg

一方、子房の内部にはびっしりと胚珠が並んでいます。
胚珠群5wb.jpg

胚珠を拡大すると、円い胚嚢が確認できます。
胚珠群6wb.jpg

胚珠の群れに近づく花粉管。
胚珠花粉管L2wb.jpg

胚嚢の中には卵装置(卵細胞、2つの助細胞、中央細胞など)があります。
花粉管は助細胞が発する花粉管誘引物質(東山教授命名のルアー)に導かれて胚嚢に達します。
花粉管とLwb.jpg

1例目。左下部は「胚嚢に花粉管が突き刺さった状態」でしょうか?
受精9-1wbL2.jpg

拡大すると確かに花粉管が胚嚢の先端部に連結しているようです。
受精9-2wb.jpg

2例目。花粉管が胚嚢に入っているように見えます。
受精4wb.jpg

拡大すると、胚嚢先端部が開いて花粉管の内容物が注ぎ込まれています。
こうして花粉管内にあった2個の精細胞が卵細胞と中央細胞とそれぞれ受精するのです(重複受精)。
受精4-5wb.jpg

3例目。変性しかけたような長い花粉管が胚嚢に届いています。
受精2wb.jpg

4例目。花粉管から胚嚢へ内容物が注ぎ込まれているようです。
受精3wb.jpg

花弁が枯れて縮んだ花の子房を見ると、大きな胚珠が入っていました。
すでに種子が育ち始めているのでしょう。

受精後2wb.jpg

東山教授の「花粉管誘引物質」発見について解説したHPはすでにトレニアの不思議(2)でご紹介しましたが、さらに今年3月の「植物の受精のメカニズム」についての対談記事を見つけました。東山教授が図や写真を添えてわかり易く説明されています。
http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000001045_all.html

雄しべと雌しべの世界、まだまだわからないことがたくさんあり、今も謎を解くための研究が日夜進められているようです。

有り合わせの道具でもこの程度の観察ができたことを、モニターからの拙い写真ながら記しておくことにしました。
昨年は10月末で既に気温が低く、花粉管がまだ子房に達していない花ばかりを調べたのかもしれません。
これもまた調べながら書いた記事です。誤りがあるかもしれません。お気付きになられましたらどうぞ教えて下さい。


追記 「受精の瞬間]」2010.10.21. 

このような番組があってインターネット上で見られることを今日初めて知りました。
まだ若かりし東山教授がトレニアと出会い、受精の瞬間を映像でとらえ、さらに助細胞の関与を発見されるまでをわかり易くまとめた作品です。微笑ましい部分もあります。是非ご覧下さい。

サイエンス チャンネル「未来を創る科学者達」
(24)神秘の瞬間に立ち会う ~東山哲也~ 2002年制作(放送時間:29 分)

http://sc-smn.jst.go.jp/8/bangumi.asp?i_series_code=I026904&i_renban_code=024



















コメント(10) 

コメント 10

エフ・エム

素敵な実験をなさっていますね。分かりやすく、はっきりとした映像に感嘆しております。この記事を、花に興味をもつ多くの方々に見ていただきたいものと思います。
中に紹介されている東山教授の対談記事も読ませていただきました。とても分かりやすい内容ですね。
とかく分かりにくい研究が、このような分かりやすいかたちで一般に紹介されることはよいことですし、むしろ必要なこととおもいます。研究者にも、また科学ジャーナリストにも、心がけていただくようお願いしたいものです。
by エフ・エム (2010-10-17 22:10) 

夕菅

エフ・エム 先生ありがとうございます。
今回は宿願達成でうれしくてつい背伸びをして書き始めたものの、表現するのがむつかしく、途中で後悔しました(笑)。
東山教授の対談、ご紹介してよかったようですね。
今夜はやっとほっとして安眠できそうです。
by 夕菅 (2010-10-17 23:58) 

satton

ブログには似つかわしくないような本格的な実験ですね。興味深いです。眠っている顕微鏡を目覚めさせたくなりました。
by satton (2010-10-18 20:58) 

なかなか

夕菅さん 素晴らしい画像をたくさん写されましたね、驚きました。 私もチャレンジしてみましたがこんなにはっきりとは写せませんでした。
トレニアを使うと植物の受精の様子が、簡単な方法でこんなにも身近に感じられるというとても良い材料だと感じました。 夕菅さんはいつも丁寧に観察されて記事にされすばらしいです。 
by なかなか (2010-10-18 22:05) 

夕菅

satton さん
確かにブログにしてはかさばり過ぎですね。
つい紙芝居風に並べてしまいました(笑)。
誰でも追試できるように書いたつもりですから、どうぞお試し下さい。
by 夕菅 (2010-10-18 22:35) 

夕菅

なかなかさん。
このテーマ、昨年のも今年のもなかなかさんに励まされたから何とか出来上がりました。本当にありがとうございました。

なかなかさんの見事なHP(http://www.juno.dti.ne.jp/~skknari/)をお手本に、自問自答した次第を綴ろうとしたのですが、やはりしんどかったのでむつかしいテーマはここまでにしたいとお思いました。
どうぞまたいろいろ教えて下さい。


by 夕菅 (2010-10-18 23:28) 

わんちゃん

夕菅さん こんばんわ~~

顕微鏡のところをず~っと見ていって、
「コレはお花のことなんよ・・・」と、いっぺんでは思えませんでした
目が点・・・です。

夕菅さんの探究心に拍手です。
by わんちゃん (2010-10-23 22:42) 

夕菅

わんちゃん
ほんとにへんです。
昨夏、ユウスゲの人工授粉をした頃から、何かにとりつかれました(笑)。
この花粉、こんな長い雌しべの中をどんなふうに進んでいくんだろうって思ったのが始まりでした。
その後、トレニアを記事にするため検索中、たまたま東山教授の業績を読み、はまってしまったんですね。
どうせ書くならとたくさんたくさん写真を撮って、選択するのに目がしょぼしょぼしてくるし、素人の私がどうして睡眠時間を削ってまでこんなことしてるのかしらって思いました(笑)。
ですからこれは最初で最後の力作(?)です。
by 夕菅 (2010-10-24 09:27) 

なかなか

昨年撮影していましたトレニアの受精のようすを今日記事にしました。
記事の中で夕菅さんのこのページへリンクさせていただきましたのでご了承お願いいたします。
サイエンス チャンネル見ました。 わかりやすくまとめられていて、東山教授のお人柄もよくわかりとても素晴らしい映像ですね。
by なかなか (2011-01-06 19:37) 

夕菅

なかなか先生、朗報ありがとうございました。
拙いブログをご紹介いただきまして、誠に光栄です。
「トレニアの受精」うれしく拝読しました。
私も2枚目のようにたくさんの花粉管が交錯しつつ、受精も進行中という場面を撮りたかったのですが、かないませんでした。

サイエンス チャンネルはあとで見つけて、どうしてもご紹介したくなって追加しました。
このようなお言葉をいただくと私まで嬉しくなります。


by 夕菅 (2011-01-06 21:53) 

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